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神戸地方裁判所 昭和32年(タ)7号 判決

原告 ジヨセフ・ヒーバート

被告 ジヨイ・フエイ・ヒヤツト・ヒーバート

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、原告と被告とを離婚する、との判決を求め、請求の原因として、原告は、一九三一年二月七日アメリカ合衆国ルイジアナ州チヤカホーラにおいて生れた同国国民であつて現在神戸に駐留する同国陸軍軍曹である。他方、被告は、一九三七年一月一九日同国ルイジアナ州フイールヅにおいて生れた同国国民である。しかして、原、被告は一九五三年(昭和二八年)一〇月一〇日同国ルイジアナ州デクヰンシーにおいて婚姻したが、原告は米国陸軍軍人として翌一九五四年一一月単身日本に進駐して来たものである。ところが、原告は、最近(昭和三一年)被告が本国において売春をして不貞を働いていることを知つた。

夫たる原告の本国法である同国ルイジアナ州民法一三九条一号の規定によると、配偶者の姦通(不貞な行為)は離婚の原因とされているところ、民法七七〇条一号もまたこれを離婚の原因としているので、これにもとずき原告は被告との離婚を求めるため本訴におよんだ、と迷べ、立証として、甲第一ないし第四号証を提出し、証人アンデリユー・ジエー・クヰン、同ラルフイー・エリオツトの各証言、原告本人尋問の結果を援用した。

被告は、適式の呼出をうけながら、本件各口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面をも提出しない。

当裁判所は、職権でアメリカ合衆国ルイジアナ州民法のうち離婚に関する規定及び訴訟管轄に関する規定の調査嘱託をした。

理由

原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第一号証、同尋問の結果によると、原告は、昭和六年(一九三一年)二月七日アメリカ合衆国ルイジアナ州チヤカホーラー市において生れた同国国民、被告は昭和一二年(一九三七年)一月一九日同州フイールヅ市において生れた同国国民であるが、原告は昭和二三年(一九四八年)四月二八日同国陸軍軍人となり昭和二八年(一九五三年)一〇月一〇日同州デクヰンシー市において被告と婚姻し当初ルイジアナ州ホームバーグ市で、その後同州チヤカホーラ市において被告と同居していたところ、昭和二九年(一九五四年)一一月日本に進駐することとなり、被告に対し軍を通じて同行を求めたが被告は何故か同行を承諾しなかつた。そして、原告は単身日本に進駐し昭和三〇年からは西宮市浜甲子園にある同国陸軍の軍事施設(キヤンプ)において起居し、現に同陸軍軍郵便局に勤務している軍曹であることが認められる。

そこで、叙上認定の原、被告の離婚訴訟において、原告は日本国の裁判所に裁判権を有するかどうか、につき検討する。

まず、原、被告は、いずれもアメリカ合衆国国民であるから離婚に関してその本国たる同国に裁判権を有することについては、なんらの疑問もない。しかして、外国人たる夫婦がともにわが国に(訴提起の時)住所を有する場合その夫婦がわが裁判所に離婚に関する裁判権を有することも法例一六条但書の規定の趣旨に照らし疑のないところであろう。かくて、問題は、(訴提起の時)夫婦の一方のみがわが国に居住する場合の裁判権の有無にある。一般的に、わが国は、この国に滞在ないし居住する外国人に対し、身分法に関して、社会秩序保持上常に必らずいわば公的な利害関係を有する(法例一六条但書参照)、ということはできない。ただ外国人が相当期間この国に滞在ないし居住し、住民として、この国の一般社会生活の一員に組み入れられる意味における「住所」を有するときは(したがつて、単なる一時的の滞在ないし居住では足りないが、しかし、とくに常に必らず民法上の住所の要件を充足するのみでは十分でないとはいえないであろう。)、わが国としてもその外国人の身分法関係にいわば公的な利害関係を有するに至るものと考える。したがつて、少くとも外国人たる夫婦の一方が、(離婚の訴提起の時)この国に、前述のような、わが国際民事(人事)を訴訟法上の住所(いわゆるドミシルと異ることもちろんである。)を有するときは、日本国に離婚に関する裁判権を有するものと解する。

そこで、本件について考えると、前認定のように、原告は日本に二年七カ月以上駐留滞在しているけれども、その妻たる被告を本国に残して単身日本においてもつぱらアメリカ合衆国陸軍の軍務に服し、かつ主として軍事施設内において起居しているのであるから、原告は日本に前述の意味における「住所」を有しないと認めるのが相当である。もつとも、原告本人尋問の結果によると、原告は将来除隊の暁(なお、アメリカ本国において除隊する定のあることがうかがわれる)は日本で生活居住する意図をもつていることが認められるが、このことは、前認定を左右しえない。しかして、被告が日本に住所を有しないことも前認定のとおりである。

とすると、原告は本件について日本国に離婚に関する裁判権を有しないといわざるをえない。

よつて、本件訴は、訴訟要件を欠き、かつその欠缺は補正されえないものであるから、これを却下し訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山内敏彦)

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